黒い十人の感想

たまに感想を書く

呆れてしまうような自分/あの燃え盛る硬質の

二〇一九年五月号の小説すばるに安壇美緒氏の短編小説「あの燃え盛る硬質の」が掲載された。
デビュー作である「天龍院亜希子の日記」を読んで氏のファンになったので、真面目にも発売日に購入した。
が、忙しくて部屋の隅に置いたまま開くことなく今日まで来てしまった。

病院の午後診に行くためいつもより随分と早く仕事から帰宅したはいいけれど、早く帰って来すぎてまだ病院も開いていない……何をすべきか……と思い、簡単に部屋の掃除をしてから小説すばるを手に取った。

かつて職場で「化石」と呼ばれ、未婚の女性であることにどこか引け目を感じている別府。
そんな彼女の元に派遣としてやって来た瀬戸。
親子ほど歳の離れたふたりが、左手の薬指にはめられた指輪を軸にゆっくりと言葉をかわしあう本作を読んでいる最中、何度も複雑な気持ちになった。

別府は今時の若者たちのフラットな価値観のおかげで自身も生きやすくなったことを感じつつも、瀬戸に対し(具体的に口にはせずとも)旧時代の価値観を含んだ眼差しを向けてしまう。
別府はそんな自分に呆れつつも、内に染みこんでしまった価値観を捨てきることはできない。

平成生まれだし、まだ二十代だし。世間的に見れば若者の枠に入れるし、価値観もそれなりにフラットなほうだという自負はある。
が、それでも確実に自分の中には別府がいるのだ。
捨てた方が楽になる価値観を何故か持ったまま、人生をウロウロと歩いている。
駅のゴミ箱が一杯で空になったペットボトルを捨てられず、なんとなく職場までそれを持って行ってしまう感覚に近いかもしれない。
そういう「なんとなく」の特に意味のない、癖みたいな、かつ振りかざしても有害にしかならない価値観と決別できない自分に呆れてしまう。

だから物語を楽しみつつも、自分の中に染みついている古い考えと対面させられるようなシーンを読むたび密かにため息をついた。
ラストになっても別府の価値観は劇的には変わらない。たぶん彼女はこれからも仲の良い男女を見かけると「恋人同士かしら」と思うだろう。
しかし瀬戸との交流を通して、長年彼女の薬指にかかっていたモヤが腫れたことは確かだ。

空のペットボトルを人に投げつけさえしなければ、それを持っていることを恥じる必要はないのかもしれない。
もっと感じ入るべき所や考えるべき場面が沢山あるのだろうけれど、読み終わったときそんなことを思った。
別府ほど素直に瀬戸の言葉を受け止められる自信はないが、それでもいつかもっと楽に息をしながら生活できる日が来るのかもしれない。
そう思えたのが本作を読んだ上での一番の収穫だった。

この感想を書いている間に病院の午後診が始まってしまった。
急がないと受付時間が終わってしまう。

新しいゲームをやらなくちゃ/最果てのバベル


映画を見るほどまとまった時間が取れないので、最近もっぱらゲームをしている。
子供の頃は大人になったらゲームをやらなくなるものだと思っていた。
全然普通にやっている。なんなら仕事を休んでまでやっている。

スマホゲームはたまにやるけれどクリアせずに放置してしまうことが多く、あまり向いてないなと思っていたのだけれど、アナザーエデンをプレイしたことで「シングルプレイ専用だったら全然続けられるな!」と気付きを得た。
というわけでアナデンと似ていると言われまくっている最果てのバベルをプレイ。
面白かったので感想を書いてみようと思って、久しぶりにブログを開いた。
毎度毎度パスワードを忘れるので再設定し直している。
再設定の間の時間が本当に無駄でしかなくて、毎度毎度自分に腹が立つ。

現時点で配信されている分のメインストーリーはクリア済み。
そのためストーリーのネタバレが混じるかもしれない。
それでもいい方はどうぞ読んでいってください。

システム

ゲームはやるけどさして詳しくないので、ああいうシステムをなんて言えばいいかわからない。
陣形有りのコマンド式バトルRPGとか?
戦略性はあるのだろうけれど、レベルを上げて物理で殴る方式でもOKなのでその方向性でプレイした。
初回ガチャで★5のジョブが出るので、とりあえずそれについてるスキル上げとけばどうにかなる……はず。
ライの★5ジョブ*1を引いたので、陣形をヘビーシールドに設定しライを壁兼アタッカーとして活用した。
これで特に苦労することなくクリアできた。
イベントダンジョンの懲罰房がクリアできるようになればレベル上げもかなり捗るので、敵に勝てなくて詰まる箇所というのはなかった。
なのでサクサクとクリアできた。
ただし育成素材付きのガチャパックを買ったので、完全無課金の人はレベリングにそこそこ時間かかるかも。

UI

全体的に微妙に不便。
戦闘にコマンド記憶がないので、毎回タップして選び直さないといけないのが特に辛い。
ただ個人的には操作感が理由でプレイを辞めるというほどのものではなかった。
とはいえずっとこのままだとしんどいので、今後のアップデートで改修して欲しい。
デザインはRPGっぽさがあって世界観にも合っている気がする。

課金要素

キャラガチャじゃないので「オッ」と思ったけれど、強さ=ガチャというスマホゲーム的な方程式が崩れることはなかった。
でも育成がそこまでキツくないし、PvPもないし引かなきゃ楽しくゲームができないみたいなことはない。
ただジョブと武器が一緒に排出されるので、そこそこドブりやすい。
しかしガチャ画面で流れる音楽が最高なので、それが聞きたくてガチャしてしまう。怖い。

ちなみに戦闘に敗れたら一番近い飛翔地点まで移動させられる。
石割ってそのまま再戦が不可なのは嫌って人は結構多そう。
前述の通り戦闘面では詰まらなかったので、個人的には今のところ不便は感じていない。
敵が強くなって負けるようになって来たら普通にキレると思う。

回復スポットが有限なのは賛否わかれそう。
実質体力制限があるのと同じなので、シングルプレイ専用のスマホゲームとしては微妙なポイントなのかもしれない。
ただレベルアップのたびに体力もSPも全快するので、序盤はまず困ることはない。
中盤くらいからは漫然とプレイしているとすぐに死ぬので、その緊張感とかSPのやりくりするのが楽しかった。
なお20章までクリアするのに、回復課金は一度もしていない。
でもリリース記念(?)に配布された回復チケットは1枚使ったかな。

アナザーエデンとの類似性

よく話題になっているところ。
アナデンと似ていると言われいたからプレイしようと思ったこともあり、そもそもあまりネガティブな印象はなかった。
そのせいかもしれないが、プレイした感じ特に似ているとは思わなかった。

どうやらマップの雰囲気が似ているということらしいのだけれど、別にああいう形式のゲームはアナデンが元祖ではないし、そこを比べるのは妙な話が気がする。
とはいえ同じシングルプレイ専用スマホゲームということで、後発作品が先に出たものと比較されるのは仕方ないことかなとも思う。
実際意識はしているだろうけれど、やろうとしていることは全く違うという印象を受けたし、きっちり差別化されていると感じた。

ストーリー

伏線らしきものがそこかしこに張られてて、どう回収されるんだろうというワクワク感がある。
あとグラフィックとか演出もよくて、序盤の外の世界に飛び出していくイベントシーンなんかは「おぉ~!」という感じ。
ただ話の進行が非常に早いので、気を抜いて飛ばし読みしているとすぐストーリーについて行けなくなる。
でもバックログが常時読み返せるので、ついていけなくなったらそこを開けばOK。

世界設定についてはまだあまり多くは語られておらず、ポストアポカリプスものっぽい雰囲気を感じさせるセリフはあるけれどハッキリ明言はされていない。*2
キャラごとのサブクエを追うと、そのあたりもわかるのかも。*3

キャラクターはみんな王道を外さない造形で、比較的明るいタイプが多い。
それがゲーム内の世界の陰鬱さとか不穏さを引き立てていて、世界観とのかみ合いかたがすごくいいなと思う。
新章は今月中に配信予定なので今から楽しみ。
本当にまだまだ謎だらけなので、早く先が知りたい。

意外と長くなったな……。
まだまだ書くことありそうだけれど、ひとまず今回はこれくらいで。
新章配信されたらストーリーの感想書くかも。

*1:ジョブをキャラに装備させることで、ステータスがアップしたり新しいスキルが増えたりする。★5にはめちゃめちゃ強い必殺技スキルがついている。

*2:たぶん。見落としてたらごめん。

*3:まだ未プレイ。新章配信前にクリアしておきたい

サンドラ・ブロックの中に見いだされる母性/ゼロ・グラビティとバード・ボックス

新年あけましておめでとうございます。
大層なタイトルを付けたけれど、ちゃんと語るわけではない。
いつも通り適当に書いてるから適当に読んでくれ。

ビックリするくらい今更ではあるが、自宅で「ゼロ・グラビティ」を鑑賞。
開始即これを映画館で見ない人間は馬鹿では???となった。
自宅の普通のテレビでも分かるくらい映像が綺麗。

ただ元々自由に動けない空間(宇宙とか水中とか)怖い派なので見ている間はずーっと胃のあたりに変な感覚が生じていた。
手じゃなくて足裏に汗ダラダラ。終わったあと念のため床を拭いた。

とはいえ20分くらい経ったところで若干飽き始める。
映像は変わらず綺麗だし次々足裏に汗握る事件も起こるんだけど、延々とトラブルが起きすぎて若干ウケはじめてしまう。
もちろん延々とトラブルが起きること自体は全くおかしくない。
そうしないと映画が成り立たないわけで、ここで笑ってしまうのはこちらの不徳の致すところでございます。

鑑賞後になんでウケてしまったのかを考えたんですけど、ちょっと聞いてもらっていいですか?

・プロット自体はダイ・ハードなど普通のアクション映画とそんなに大差ないはず
・大目標(本作では地球へ生還すること)をクリアするため小目標(生還までの脱出劇)をクリアしていく
・その小目標をクリアするシーンが合間合間の見せ場になっている
・しかし本作には小目標に絡められるはずのサブプロットが存在せず「ヤバい状況から脱出して生き残る」という物語の芯がほぼ剥き出しで提供され続ける
・そのため主人公にふりかかるトラブルを本当にただのトラブルとしてしか見ることができず、映画の中で起こっているドラマに没入しきれない

これはちゃんとした映画館で見て映像の中に入り込んだ上で楽しむ映画なので、自宅で見て乗れなかったどうこういうのは本当にいちゃもんレベルの感想でしかないんですけど。

それよりゼロ・グラビティを見て思ったことがあるんですけれど「え? サンドラ・ブロックって母キャラだったの?」ということ。
なんでそんなことを思ったかというと、少し前に「バード・ボックス」見たんですよね。ネトフリオリジナル映画やつ。
公開順はゼロ・グラビティ(2013)→バードボックス(2018)なんですけど、こちらの都合で見る順が逆だったので「あ、なんか知らない間にこの人って母キャラになってたんだ」と驚いた。

そもそも「ゼロ~」と「バード~」は映画のテーマやつくりが結構似ているので、「ゼロ~」の演技見てサンドラに話が行ったのかな?と勝手に想像したりもした。

2作の共通点をざっと挙げるとこんな感じか。
・ディザスタームービー的なおもむき
・ヤバいところから脱出して生き延びるぞ!という物語の大目標
・主人公の変化と成長の方向性
・母子の関わり

ただ「バード~」のほうはサブプロットがあって、ストーリーを飲み込みやすいようかなりしっかりめに味付けされていた印象。
これは映画という表現媒体が同じでも、観客へのアプローチの仕方が違うと言うだけなのでどっちがいいというわけでもない。
個人的には「バード~」のほうが好きだったのだけれど、そりゃ自宅で見るなら劇場で浸ること前提の体感型の映画より、テレビで見ることを想定して作られた映画だよなあって話だし。

サンドラが母キャラになっていて驚いたと言ったけれど、それはあくまでロマコメに出ている印象が強かったので驚いただけで、キャラクターにはかなり馴染んでいたというか、むしろかなりのハマっていた気がする。
これまでの出演作のせいかハートフルな印象がある役者だけれど、「ゼロ~」も「バード~」もどちらかというとちょっとドライで近付きがたい雰囲気のあるキャラクターを演じていた。
しかし時折見せる柔らかい仕草や表情がキャラクターをより身近にし、同時に奥行きを感じさせる。
サンドラ・ブロック、いつの間にか役者として円熟の域に達していた。

「ゼロ~」も「バード~」も子供という存在を通して主人公のキャラクターが描かれていて、どちらも作話や話の展開方法としては結構好みの分類ではある。
バード・ボックスに関してはかなり慎重な話運びになっていて「タフなママが母性で解決」というオチには行かないようにしている所に特に好感を抱いた。*1
それは単に過度な母性神話が苦手だからなんですけど「子供ができたからと言って、心から親になれるわけじゃない」という部分が描かれていると安心する。

とか言いつつもゼロ・グラビティとバード・ボックスにおける「子供」という存在を同一のものとして扱うのは、ちょっと違うか?とも思ってたりする。
「ゼロ~」の子供は既に失われた存在で、「バード~」はこれから失うかもしれない存在という違いがあるので。
ただそのあたりの違いが、この2作品の差別化に繋がっているのかも。
前述の通り映画のテーマやつくりは似ているけれど、どちらもそれぞれ見る価値のある映画だ。

*1:それが悪いとは言わないが、個人的にはあまり好きではない。ただ「シリアル・ママ」とかコメディの文脈だと結構普通に受け入れて笑ってしまう自分もいる。

一生ふざけとけ/最近見たドラマとか映画とか

ふざけたやつを見ると「一生ふざけとけ」と思う。
そのような感じで、毎日内心キレながら仕事をしている現状。
でも不機嫌な様子を見せると相手が萎縮してしまい悪循環に陥ると言うことを身をもって知っているので、なるべくにこやかに機嫌良く振る舞っている。
そのような努力は当然誰からも分かってもらえないので、精神がゴリゴリに削られ一瞬軽めに心が死ぬのを感じたが、今はそれなりに回復した。
最近見たドラマや映画の話をしよう。

■ボージャックホースマン S5
これはきちんと感想を書きたいけれど、ひとまずメモ程度に。
様々なメッセージがあるのだろうけれど、個人的には「常に加害者たれ」と言われた気がした。
加害者たれ、というのは加害する者でいろということではなく、加害している者としての自覚を持てということだ。
人は常に被害者であり、加害者だ。
自らの受けた傷と犯した罪を切り分け、心を癒やしながらも贖罪を行え。
要は「自分は悪くない。周りが悪い」と言い訳をするのはいい加減やめろと言うことだ。
ボージャックホースマンを自身の罪の拠り所とするな。*1

■獣になれない私たち
まだ全話見てない。松田龍平、いつのまにこんな顔になったんだよ……という気持ちで鑑賞していた。
脚本も演出も一歩間違ったら鼻につくほど完成度が高いので、そういう点が嫌だという人は結構多いのではと思った。
これはまあ、最終話見てからちゃんと感想書こう。
1年後とかになりそうだな。

■スーツ(日本版)
元のドラマが好きなのでなんとなく鑑賞。こっちもまだ全話見てない。
織田裕二はかなり正解のキャスティングだった気がする。
あと名前わかんねえけどカニの人。
内容は原作に忠実に、細かいところは日本向けにローカライズされててよかったんじゃないでしょうか。最初に書いたとおりまだ全話見てないんですけど。
OPをボーカル曲にしなかったあたり、真面目だなと思った。

■レディ・プレイヤー1
最近っていうか見たの夏だけど。
原作が好きなので鑑賞。
そもそもあのボリュームを1本の映画に詰め込むのは無理だとはわかっていたけれど、なんじゃこりゃという改変の数々。
ただ割合すぐにこれは小ネタを楽しむ映画なんだと意識を切り替えられたので、そこそこ楽しく鑑賞。
原作とはまた別のものだと考えれば、アリな気がしてきた。

イミテーション・ゲーム
ネトフリにあったからなんとなく再生してみた。
カンバーバッチのスタイル、何度見ても不思議だな。
なで肩なはずなのにシャツスタイルが異様に決まる。
いい服着てるからだろうけれど、それにしたってそんな似合うか?ってくらいシャツが似合う。
映画はまあ普通に面白かった。

*1:とはいえ、本当に周囲が悪い場合もある。「やむにやまれず犯した罪」を肯定するわけではないが、今のところ非難するつもりもあまりない。

たぶんっていうか、かなり希望を信じたい/天龍院亜希子の日記

最近毎日がヤバい。何がどうやばいってゲロを吐きそうなくらい忙しい。
やってもやっても仕事が終わらなくて、休みは月に1回あるかないか。
ただ働いた分だけ給料が増えるから努力が可視化されてるみたいで、給料日のたび脳からジャバジャバ快楽物質が出て労働に歯止めが利かなくなる。
ヤバいとは分かってるけど止められない。そんなわけでブログも全然更新できていなかった。
でも映画やドラマを見る時間なんかは案外確保できていて、去年は気が狂ったように毎日映画を見ていた。
一度ハマると歯止めが利かなくなるのは子供の頃から同じで、未だにハマった料理や菓子なんかを延々と食べ続けて結果嫌いになったりする。アホだ。

そんな日々を送っているが、今日小説を買った。「天龍院亜希子の日記」。
最初タイトルを見た時「なんか聞いたことある」と思って考えたら何故か「嫌われ松子の一生」にたどりついた。
まあ、テイストとしては似たようなもんだろう。
ちなみに本当に元になったのは「鬼龍院花子の生涯」らしい。あったあった。

小説を読むのはかなり久しぶりだとか思ったけれど、実はそんなことなかった。
映画の原作になったものをちょこちょこ読んでいた。
でも小説原作(って言い方もおかしいが)、しかも日本の作家が書いたものを読むのは久しぶりだ。
大前提としてすっげー面白かったんだけど、不思議な小説だった。
この小説を読んだことを誰かと共有したい気もするし、したくない気もする。
でもパスワードの再設定までしてこのブログにログインしたってことは、画面越しの一方通行でもいいから誰かとなんとなく共感し合いたかったのかもしれない。
そしてたぶん、この小説はそういう話だ。

いや、どうなんだろう。自信満々に言ったけれど正直微妙だ。
まあでもある程度はこっちで勝手に決めていいだろう。1400円払ったんだし。

登場人物は揃いも揃って現実にいそうで、読んでいて時折嫌な気持ちになる。
普段フィクションの作品の登場人物にガチでムカつくことってそんなにないのだけれど、これを読んでいると自分でも驚くくらいマジにイライラしたりする。
それは主人公のどうしようもなさだったり、同僚の態度の悪さだったり、先輩のそこはかとない上から目線だったり、上司の信用のならなさだったり、おからのクッキーとか配る他部署のお局の意味不明さだったり……まあとにかく色々。
実際ドンピシャ同じことを体験してなくても「なんか似たようなことあったな」と過去の記憶が頭の底から這い出てくる。
しかもエピソードの明確なラインが思い出せなくても、その時抱いた微妙な感情だけは結構鮮明に蘇って来たりする。
嫌と言うより、何故か気まずい。部屋でひとり静かに本を読んでるだけなのに。

でも読み進めていくとそんな人たちにも愛着が湧く。徐々に多面性が見えてくるからだ。
「お、意外といいやつ」と思わされて、けど次のページで「やっぱこいつクソ」と思わされる。
子供用のジェットコースターくらいの速度で感情をちょうどよく揺さぶられながら、そういう気持ちがミルフィーユっぽく積み重なるとなんとなく相手に親しみを覚える。
下手したら「いやこいつこんなこと言ってますけど、これで案外いいところあるんすよ」とまで言いたくなる。
でもそんな風に手心を加えたくなるのは、自分のどこかに彼や彼女と同じ部分があるからってことに気付いてる部分も大きいと思う。
要は下心だ。人はスケベだから、誰かに優しくして保険をかけたくなる。
それは掛け捨てする気のない、無償とはほど遠い情だけれど、それも案外悪くないと思う。

呆れた希望を持つことはたぶん人生に救いをもたらす。
こんな世の中だけれど人は結構、っていうかかなり信じたがりだ。
奇跡も希望もあると思いたい。思うことで救われるからだ。

これは恥ずかしいから誰にも言ってないのだけれど、時々ガチで神に祈る。
世界が少しでもよくなるように。ひとりでも多くの人が幸せな人生を送れますようにと。
本気でこう思ってる。ヤバいと思う。マジでヤバいことは分かっているからさっき書いたとおり誰にも言っていない。

その一方で普通に身近な他人の不幸を望んだりもする。
仕事で現場を荒らすだけ荒らして勝手にキレる無能of無能みたいなやつのこととか。

言い訳みたいに聞こえるかも知れないけれど、生きて行くことは矛盾の連続だ。
そして現実にはほとんど奇跡が起きないことを知っている。
でもやっぱ、希望を信じたい。呆れた希望を持ちたい。
人生は楽しいけれど、生きて行くことはどこかしら辛いから。

CRISIS 公安機動捜査隊特捜班

ネタバレなし。

あらすじ
国家を揺るがす極めて高度な政治的案件を専門に取り扱う公安機動捜査隊特捜班。
警察庁警備局長直轄の秘密部隊として彼らは人知れず政治的事件やテロの捜査に当たっていた。


感想
最終回の金子ノブアキがめちゃくちゃシブかった。
全体をまとめるとマジでこの感想になっていしまう……。

クライシス、アクションがすごいよかったですね。狭いところでの近接戦闘とか。
1話の新幹線のシーンとか爆発してないのにインパクト大きくてつかみバッチリだったし。
日本のドラマはあんまり銃抜いたり撃ったりできないところが逆にいいと思います。
それと警棒な。日本のドラマだとちょいちょい見られる。海外ドラマでもあるっちゃあるのですが少ないと思う。
クライシスは警棒で戦うシーンも多くてそこがかなり好きでした。

ストーリー、本筋については警察モノに関してあまり知見がないので言及しにくいのですが「映像では描かれない物語」がたくさん乗せられてたのがよかったと思います。
多分設定はあるんだろうけれどあえて表には出さない部分とか、そういうのが普通のドラマより多いように感じられたかな。
分かりやすい話も好きですが、あえて語らないみたいな硬派さもいいと思います。
特にこのドラマには合ってたんじゃないかな。

あんま関係ないんですけどこの人の脚本、時々キャラクターのセリフが古いって言うか一般小説的になるなあと思いました。
例えば最終話結城(金子ノブアキ)が言った「いとしい人」って言葉のチョイスとか。
まあこのあたりは作家の色って感じなのであんまり気にするほどでもないか……。
SPの時もそうだった気がするし。

このキャスティングなので当然映画に続くんでしょうね。
最終話のラストも伏線ばらまいてたし。

最近は国内ドラマばかり見ているのですが今期は「櫻子さんの下には死体が埋まっている」が一番好きです。
あと別枠で「あなたのことはそれほど」。昼ドラ実況層を魅了しているのがよく分かる。

国内ドラマも最終話まで見たものについては軽く感想書いていきたいです。
それにしても前回のホットロードの記事、何かに取り憑かれているとしか思えない……。

はじまりの物語/ホットロード

ネタバレあり。

最近よく眠れない。仕事が微妙に落ち着かないせいだろう。
今日も結局寝れないまま朝になってしまった。
正直昨晩からそんな予感が薄々していたので、早い段階で仕事に行くのは午後からにしようと心に決めていた。
とはいえそろそろ寝ないとまずい時間なのだけれど、どうも眠れる気がしないのでホットロードの話でも書こうと思う。
これだけ昔の作品にネタバレありというのもナンセンスな気がするけれど、一応。


今年の初めに映画版のホットロードを見た。
人によって好き嫌いが分かれそうな作品だったけれど結構、というかかなり気に入って数日はホットロードのことを考えていた気がする。
というか会う人間会う人間に映画版ホットロードの話をした。
1人だけ原作を読んだことがある人がいて「いいよね」と言われた。
その人は非常に趣味の合う方なのでいずれ自分も読まないとな、と思いながらなんとなく先延ばしにしていたのだけれど、先日やっと手を着けた。
その日の夜も眠れなかったので早朝までにかけて読み切ったのだけれど、原作が面白いのはもちろん映画の秀逸さがよく分かって非常に興味深かった。

上に貼った映画についての感想記事ではあんまり内容には触れなかった気がする。
やっぱり映画版は圧倒的にビジュアルがよかったからかな。
原作者がのん(能年玲奈)に和希を任せたいと言ったというのがよく分かる。
はすっぱなのに純真というアンバランスさが似合う夢のような女の子だと思う。あと原作の和希は垢抜けて行くにつれてちょっと妖精っぽくなって行くのだけれど、のんはそれを十二分に再現していた。
春山も非常に合っていたんじゃないかな。映画版はちょっとゴツいが、まあそれは実写なんだから仕方ない。

原作を読んだ時始まり方が映画と全く同じで驚いた。
当たり前と言えば当たり前なんだけれど……テールランプのくだりがあって画面が切り替わり、和希の顔がアップで映ってそこから徐々にズームアウト。
同時に万引きをした和希を批難する大人の声が聞こえる。
でも彼女の耳にはそれは入らない。和希が求めているのはあくまで「ママ」の存在だからだ。

そのあとも帰宅して「ママ」と話して……と画角なんかもかなり細かく再現されている気がした。
その時見える「ママ」が恋人から貰ったプレゼントが白のコンバースというのがよく分からないがすごく好きだ。
あと女性キャラの衣装なんかはかなり細かく再現されていた気がする。
男性キャラは結構自由にいじられていた感じ。トオルなんて髪型が全然違う。でもたたずまいはなんとなく似ている気がした。

映画を見た時、序盤のあたりは結構エピソード単位の区切りがハッキリしていて見やすかったが少し違和感を覚えた。
けれど原作を読んで連載されていた漫画を脚本に起こしたのだからそうなるのも当たり前だと言うことに気付く。
序盤あたりはかなり丁寧に原作の展開を拾っている。
正直ホットロードはかなり読み辛い漫画だったのだけれど(コマ割が普通の漫画と全く違う。セリフもしゃべり言葉の持つ雰囲気を非常に重視しているので文字にすると読み辛い)映画を見ていたおかげでどうにか飲み込めた。

かなり正確に再現されているとはいえ、さすがに細かいエピソードははしょられたり、映画では一部のキャラクターが合体させられて1役で色々な役目を背負っていた……と思う。
細かいところはちょっとうろ覚え。すみません。

とはいえ大事な部分はしっかり拾われてかなり丁寧に映像化されていたと思う。
そして何より映画を見た際に感じた海辺の街の陰鬱とした雰囲気は意図的に演出されていた物なんだろうなと改めて思った。

タイトルにも書いたがホットロードは「はじまりの物語」だ。
生き方を知らない少年少女が痛みと衝動に身を任せながら、何を求めればいいかすら分からずもがき苦しむ。
本作において「生き方」というのは「愛」と同義だ。

和希も春山も愛を知らない故に家族から離れ、心から何かが欠落してしまう。
これは家族がいないから欠落が起こるというのではなく、あくまで春山と和希の場合という話だ。
たぶんホットロードの登場キャラクターの中には家族から離れることで心の欠落した部分を取り戻せる人物もいると思う。
宏子やトオルなんかはきっとそうだったんじゃないだろうか。
家族とのエピソードがほとんどないので完全なる推測だけれど。

和希と春山は「何も分からない」からと言い訳をして非行へと走る。
それはただひたすらに愛が欲しいからという渇望故なわけだが、本人たちに見えていないだけで二人の身近には常に愛は存在し続けた。
ただ和希ら子供たちも、彼らの両親である大人たちもどうしようもなく不器用で中々通じ合うことが出来なかったのが大きな問題だ。
それにしたって和希の母親はちょっとアレだとは思うけれど……。

けれど最後の最後、和希も春山も肉親からの愛を確認して、そして互いの間にも愛があることに気付いた。
だからこれまで自分の命を省みず生きていた春山が終盤は病院のベッドの上で「死にたくない」と口にする。
それは和希と出会い家族と和解し愛(=生き方)を知ったから。

まあ……こういうのすげー普通に感動する。
和希も春山の命が自分の大切な物であるのと同じように、春山にとっても自分の命は大切な物なんだと気付いて生きる気力を取り戻す。
青春群像劇+ラブストーリーというのは本当にいいですね。

あと和希の3年からの担任の先生がよかった。
後半は物語全体を導く裏の語り手みたいになっている。

そして最後、ようやく生き方を知った少年少女が二人で歩むことを決意して前に進み出る。
だから映画のラストも最後はこれまでの陰鬱とした色合いとは一転して、オレンジ色の眩しい光りに包まれた海岸に和希と春山が立つという図になる。
二人はようやく生き方を知り、未来へと向かうためのスタートラインに立てたわけだ……と思う。
きちんと分析するにしては色々と記憶が曖昧なので若干誤魔化させて欲しい。

映画版だけでも充分面白いとは思うのだが、原作と会わせると物語が更に味わい深くなる。
さすがに原作の方が尺が長いだけあって春山の掘り下げが丁寧だった。
映画だと「お天気屋」なことが分かるまで結構時間がかかる気がする。

序盤、和希と春山が初めて会う瞬間春山がキレるのとか見てて結構ビックリするしなあ。
豹変しすぎて「こいつヤバいやつでは?」となる。まあ実際ヤバいんですけど。

こんな感じでホットロードは非常にいい。最高。当然だが名作と呼ばれるだけある。
かなりの人が知っている作品だと思うので今更勧めるようなものではないのは分かってはいるが、それでも勧めたい。
原作→映画でもいいと思うし、映画→原作でももちろんいい。
できればこの二つを合わせて是非ホットロードの世界を味わって欲しい。

あまり考えずに書き始めたのでいつも以上にまとまりのない話になってしまった。
まあメモ代わりみたいなブログなのでそれでいいか。
そろそろ寝よう。大人が未来へと向かうスタートラインに立つのに一番重要なのは睡眠だから……。